関ヶ原から幕末へ 【鹿児島の場合】17

以下のコメント頂きました、有難うございますv

●「近江の本質は他者の理解よりも自身の納得を重んじる事にあるのだと思います。
 近江国は交通の要衝と、米産地という性質から古来より権力者に近しい立場の人間の領地でありました。それは時代の転換期には必ず敗者となるという事と、次の時代には全く別の立場の権力者が来て前の時代の否定をするということが行われるという事です。県民性などでよく言われる滋賀県民の進取の気風や、イエスノーをはっきりせずに権力から距離をとりたがるという性質はこういう土壌に育てられた面もあります。
 なので、旗色を明確にして立ったのならば、全力である事に余り意味はありません。負ければ天下に背いた極悪人の所業として貶められ続けるだけの事です。どんな事を言われようとも生きて事を成さねば意味がないのです。石田三成の退却に恥ずべきことはないです。
 そして、全ての不利益を納得してた上で、動くべきだと思える事が近江人を動かす理由足りえるのではないでしょうか。」(滋賀)

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